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ひと気なき傾斜の先に ⑧

Penulis: 秋月 友希
last update Terakhir Diperbarui: 2025-07-27 13:36:33

「祭りの日……森の異変が噂になって、村中がざわついてた。俺も不安でさ、先のことが全然見えなくて。木工の仕事も思うようにいかなくなったし……。いつも通りにやってるのに、木が妙に乾いてたり、芯が脆く割れてたりしてさ。そんな時に、リノアが村の儀式でリーダーに選ばれたって聞いて……」

「だからリノアに絡んだって言うの」

 アリシアが冷ややかに言い放った。

「後になって気づいたんだ。俺、ひどいことをしたって……」

 ヴィクターは視線を落としたまま、苦しげに言った。

「だから、あいつを──リノアを追うことに決めたんだ。何か俺にもできることがあるんじゃないかって……」

 ヴィクターは言葉を絞り出すように言った。声が震えている。

「リノアに怒鳴ったのは……たぶん、自分の無力さをごまかしたかったからだと思う。あんなの、ただの八つ当たりだよな……」

 言葉を紡ぐたびに、ヴィクターの声が小さくなっていく。

 アリシアの胸を冷たい風がひとすじ吹き抜けた。

 ヴィクターの言葉が本心なのか、場を繕うための嘘なのか、判然としない。

 ヴィクターの手が膝の上で震えている。

 アリシアは沈黙の中、そっとヴィクターから視線を逸らした。

 その顔に浮かんでいたのは、ただ、何かを喪失し尽くした者に残る、擦り切れた疲労だけだった。

 もうヴィクターの言葉を疑う理由はない。

 ヴィクターは嘘をつくには不器用すぎる──それは昔から知っていることだ。

 誰かを騙すために言葉を選ぶ器用さも、感情を隠す技術も持ち合わせていない。むしろ、こうして自分を責めるように喋り続けること自体が真実を表している。

 語られた後悔は、きっと本物なのだろう。

 しかし、まだ心に引っ掛かるものがある。それは、このアークセリアの地でヴィクターが取った不審な行動だ。

 どうして、ヴィクターはグレタと行動を共にする必要があったのか。

 心の奥でアリシアは警戒心を拭いきれずにいた。

 グレタはグリモア村の村長。少し前にクローブ村に姿を現し、リノアのことをあれこれと詮索したと聞く。

 その名は何度か耳にしていたが、良い噂は殆どなかった。善意の面影をまとっているが、底の見えないものを孕んでいるという話だ。

 アリシアは立ち上がって、ヴィクターから少し距離を取った。
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  • 水鏡の星詠   ひと気なき傾斜の先に ⑨

    「ヴィクター、一つ訊いていい? 何でグレタと一緒にいたの?」 優しげな視線に潜む鋭さが、ヴィクターの心を突き刺すように走り、ためらいを問答無用で断ち切る。 ヴィクターはすぐには答えなかった。 その沈黙が、かえってヴィクターの動揺を際立たせる。「……騙されたんだ。あいつはグリモアでも異変が起きてると言って近づいてきた。リノアならそれを止められるって。だから……俺、協力するしかないと思ったんだ」 海鳴りが断続的に響く中、ヴィクターの声が波間に沈むように響いた。その声は途切れ途切れで弱々しい。 アリシアは、その言葉にすぐに反応できなかった。 海鳴りの合間に思考の波が打ち寄せる。 グレタの意図は何なのか、いまいち見えてこない。「それで、ヴィクターは何をしたの?」 疚しいことをしていないなら、逃げる必要なんてないはずだ。 ヴィクターは沈黙の中、視線をゆっくりと落とした。 そして何かを確かめるように間を置き、絞り出すように言葉を紡ぐ。「グレタたちは森で何かを探してたんだ。自然保護の調査だとか言って……」「それって、探していたのは鉱石ですか?」 セラが不意に割り込んだ。「どうして、それを……?」 ヴィクターは驚きのあまり、声を失い、思わず息を止めた。視線がセラに釘付けになる。 動きかけた手が止まり、まるで心の奥にしまっていた記憶が不意に引きずり出されたようだった。「わたし、クローブ村の近くで青白い光を見たことがあるんです。地面の割れ目から浮かぶ怪しげな光でした」 セラは一歩踏み出すように身を前へ傾け、そっと言葉を紡いだ。指先が無意識に袖を握りしめている。「崖崩れが起きた時なんて、土の色が変わってた。木々も不自然に枯れていたし」 セラの声が空気に染み渡るように響くと、ヴィクターの顔色がさっと変わった。心の奥を急に照らされたように、視線が彷徨う。「知らなかったんだ。森を壊すことになるなんて、思ってもみなかった。気づいた時には……すでに、自分の手で多くを傷つけてしまってた。何も知らずに……」 声がかすかに揺れる。後悔が言葉の端々から溢れていた。「だけど、クローブ村の近くで起きた件と崖崩れは俺じゃない。あの場所には、俺は関わってない」 ヴィクターの声が波音に飲み込まれるたび、か細く震えて戻ってくる。 アリシアはゆっくりと視線をヴィク

  • 水鏡の星詠   ひと気なき傾斜の先に ⑧

    「祭りの日……森の異変が噂になって、村中がざわついてた。俺も不安でさ、先のことが全然見えなくて。木工の仕事も思うようにいかなくなったし……。いつも通りにやってるのに、木が妙に乾いてたり、芯が脆く割れてたりしてさ。そんな時に、リノアが村の儀式でリーダーに選ばれたって聞いて……」「だからリノアに絡んだって言うの」 アリシアが冷ややかに言い放った。「後になって気づいたんだ。俺、ひどいことをしたって……」 ヴィクターは視線を落としたまま、苦しげに言った。「だから、あいつを──リノアを追うことに決めたんだ。何か俺にもできることがあるんじゃないかって……」 ヴィクターは言葉を絞り出すように言った。声が震えている。「リノアに怒鳴ったのは……たぶん、自分の無力さをごまかしたかったからだと思う。あんなの、ただの八つ当たりだよな……」 言葉を紡ぐたびに、ヴィクターの声が小さくなっていく。 アリシアの胸を冷たい風がひとすじ吹き抜けた。 ヴィクターの言葉が本心なのか、場を繕うための嘘なのか、判然としない。 ヴィクターの手が膝の上で震えている。 アリシアは沈黙の中、そっとヴィクターから視線を逸らした。 その顔に浮かんでいたのは、ただ、何かを喪失し尽くした者に残る、擦り切れた疲労だけだった。 もうヴィクターの言葉を疑う理由はない。 ヴィクターは嘘をつくには不器用すぎる──それは昔から知っていることだ。 誰かを騙すために言葉を選ぶ器用さも、感情を隠す技術も持ち合わせていない。むしろ、こうして自分を責めるように喋り続けること自体が真実を表している。 語られた後悔は、きっと本物なのだろう。 しかし、まだ心に引っ掛かるものがある。それは、このアークセリアの地でヴィクターが取った不審な行動だ。 どうして、ヴィクターはグレタと行動を共にする必要があったのか。 心の奥でアリシアは警戒心を拭いきれずにいた。 グレタはグリモア村の村長。少し前にクローブ村に姿を現し、リノアのことをあれこれと詮索したと聞く。 その名は何度か耳にしていたが、良い噂は殆どなかった。善意の面影をまとっているが、底の見えないものを孕んでいるという話だ。 アリシアは立ち上がって、ヴィクターから少し距離を取った。

  • 水鏡の星詠   ひと気なき傾斜の先に ⑦

     斜陽の残光が射す中、ヴィクターとセラが座り込んでいる。 そこは海沿いの高台——静寂に包まれた場所だった。 遠くまで広がる海の向こうに、夕空が赤く滲んでいる。 波音がやさしく耳に届き、潮風がアリシアの頬をそっと撫でていった。 ヴィクターは壁にもたれ、目を伏せている。肩は小刻みに上下し、呼吸は浅い。 セラは肩で息をしながらも、どこか安堵したように微かな笑みを浮かべていた。しかし緊張は肌の下にまだしっかり残っている。 きっと状況が一旦止まったことによる一時の休息でしかないことを実感しているからだろう。 アリシアは、その場に立ち尽くした。 その場の空気に何かが沈んでいる気がして、言葉を選ぶことができない。「……アリシア……どうして、こんなところに……」 壁にもたれ、うな垂れていたヴィクターがゆっくりと顔を上げる。 その瞳は相変わらず掴みどころがなく、夕暮れの光に溶けかけていた。「妙なとこで再会するもんだな」 ヴィクターは笑ったのかどうかも曖昧な、微かな表情を口元に浮かべた。 ヴィクターの声には、懐かしさだけではなく、安堵も含まれている。アークセリアでの再開がそうさせるのか、それとも他の理由があるのか…… アリシアは胸の奥が揺れるのを感じた。 ヴィクターはこの地に来てまで、一体、何をしようとしているのか。それを問いたださなければならない。 ヴィクターが壁に背を預けたまま、視線を落として息を吐いた。 肩がわずかに沈み込む。 それは意識的に力を抜いたというより、何かを諦めた身体の反応だった。音を立てずに吐かれたその息には、言葉にできない思いが込められている。「助かったよ。ここに来てくれて。俺、もう、どうして良いか分からなかった」 ヴィクターの眼差しは、目の前の光景ではなく、過去の残像を見ているかのようだった。 その眼差しは目の前に広がる海に向けられている。 クローブ村には海は存在しなかった。ヴィクターが知る景色ではないはずなのに、どこか懐かしそうに海を眺めている。「ヴィクター、あんた、ここで何してんの? カイルは?」 黙って様子を見つめていたアリシアが堪えきれずに口を開いた。「カイル? カイルなんて知らない。お前こそ、どうしてここにいるんだ」 ヴィクターは顔を少しだけ傾けて、ぼんやりと返した。「あんたが怪しいから追ってき

  • 水鏡の星詠   ひと気なき傾斜の先に ⑥

     アリシアは前方を進むヴィクターを呼び止めようとした。しかし、その言葉を喉の奥で飲み込んだ。 セラと目を交わし、二人は言葉を交わすことなくヴィクターの後を追う。 人の波が絶え間なく流れ、笑い声や叫びが入り混じる。 荷物を抱えた誰かがすれ違うたびに、ヴィクターの背が見えなくなりかけた。「あれっ、見失ったかも」 セラが足を止め、視線を巡らせながら小さく呟く。「大丈夫、あそこにいる」 アリシアは指をさした。 目の奥に焼きついているのは、色ではなく雰囲気。 くすんだ色のコートが人混みに紛れ、時に視界から消えかけても、ヴィクターの姿だけは見失わない。 その背中に漂う哀愁、そして、どこか影を引きずるような歩き方── 風景に溶け込めない何かが、そこにある。──逃げているようでいて、逃げてはいない。 アリシアはそう感じた。 ヴィクターの足取りは何かを振り払っているかのようだ。前へ進みながらも、どこにも辿り着かない歩き方をしている。 歩みを止めることができず、道を選ばずに足を動かしているといった感じだ。 角を曲がり、小さな広場へ出たところで、ヴィクターの足が突然止まった。 あまりに不意な動きに、アリシアは踏み出しかけた足を力で抑え込み、セラは肩をすぼめて後ずさる。──一体、何をしているのだろう。 ヴィクターは立ち止まったまま、動こうとしない。 何か様子が少しおかしい。肩が不自然にこわばっている。 何かに意識を向けてる? それとも尾行に気づいた? 一拍置いて、ヴィクターは全く逆の方向へ身体を傾けると、突然、地面を蹴って走り出した。 叫び声や笑い声の飛び交う広場で、石畳を打つ靴音が空気を裂く。「ヴィクター、待って!」 衝動的にアリシアが叫んだ。 しかし声は届かない。ヴィクターは振り返らずに駆けて行った。 セラが走り、アリシアが後に続く。 ヴィクターの背が斜陽にまぎれて遠ざかっていく。 前を走る二人の足が速い。 アリシアの肺が焼けるように痛み、足が重くなる。それでも前を行く二人の足は止まらない。 夕焼けに溶けかけた二人の背をアリシアは必至で追いかけた。 踏み込む度、わずかに距離が広がっていく。 空気はぬるく、肺は焼けつくよう。喧騒の中にあって、ヴィクターの背中だけが異様に静かで冷たい。 光と影の裂け目を縫うように、人混み

  • 水鏡の星詠   密やかなる命の痕跡 ⑧

    「行かせるわけにはいかない!」 リノアが水影石を強く握り込む。 淡い光が指先から漏れ、石の表面で水の波紋のように揺らめいた。 その光が近くの泉に届いた瞬間── 水面が突如として激しくざわめき、中心から細い水柱が吹き上がった。 乱反射した光が霧の中に拡散し、周囲の空気を撹乱するように揺らす。 空中に浮かぶ幾つもの影── それは兵とは異なる存在だった。 霧を断つように現れたそれは翼のような輪郭を持ち、藍色の羽をまとった鳥の影とも、尾のある精霊のようにも見えた。 霧の中に藍色の鳥影が舞い、兵の頭上を急降下するように飛び交う。 兵たちは足を止め、目を細めながら周囲を見回した。「そこか……!」 一人の兵が反応し、幻影に向けて剣を振り抜く。 しかし 刃が捉えたのは霧だけ。空を裂く音が虚しく響いた。 続く二人も、幻影を追って斬撃を繰り出すが、どれも実体を捉えることができない。 連携が徐々に崩れていく。 そのとき――泉が再び脈打つように波打ち、中心から水柱が噴き上がったかと思うと、突如として弾け飛んだ。 砕ける水が地面の石と混ざり合い、螺旋状に巻き上がる。 それは小石の弾幕のように周囲へと飛び散り、兵の防御を乱した。 一人が頭をかばい、もう一人が膝をつく。 鳥影は実体のない風紋のように舞い、刃は空を彷徨うばかり。兵の焦りだけが募っていく。 幻影と自然の力が追撃を阻む盾となる中、リノアはその混乱の隙を縫って、霧の奥へと駆けて行った。 リノアの後にエレナが続く。 木々の間を縫うように走る二人。枝が頬をかすめ、湿った土の匂いが鼻をつく。霧が濃く、先を言った二人の姿はもう見えない。──あの人はどこに行ったんだろう…… リノアは周囲を見渡すが、やはりどこにも見当たらなかった。「危ない! リノア、右!」 エレナの声が霧の中から響き、リノアの意識を現実に引き戻す。 リノアは反射的に腰の小刀に手を伸ばし、柄を強く握りしめた。掌に走った冷たい金属の感触が、意識を現実へと引き戻す。 茂みから飛び出した兵が獣のような速さでリノアに迫ってくる。 その刹那、兵の剣が唸りをあげて振り下ろされた。 リノアは身を翻し、咄嗟に小刀を斜めに差して剣を受け流す。 ガキン! 小刀の側面が剣の軌道を掠め、火花が飛び散る。 衝撃が腕に食い込み、重さに耐える

  • 水鏡の星詠   密やかなる命の痕跡 ⑦

     リノアが泉の水際に刻まれた足跡をじっと見下ろしていた、その時── 風が森を撫でるように吹き抜けた。 霧の幕が裂けていく。「エレナ!」 リノアの声に反応して、エレナが顔を上げた。 エレナの目が霧の裂け目に釘付けになっている。 その視線の先に浮かび上がったのは、小さな影── ひとりの子どもと、その傍らに寄り添う女性の姿だった。 フェルミナ・アークにはいるはずのない二人の姿。けれど、森の縁で揺れるその影は、確かにそこに存在していた。 エレナが言っていた――森の端で見たという、子どもの姿。 その姿が、まるで水の中から浮かび上がるように、霧の上に淡い輪郭を描いている。 だが、その静けさは長くは続かなかった。 森の奥から這い出すように、濁った気配が迫ってくる。 枝が軋み、葉が震える。 空気は異物に触れたように揺らぎ、冷え、そして沈黙した。 何かがいる。 その姿は、はっきりとは見えない。 けれど、リノアの肌感覚が先に察知した。 あれは、敵だ──「あの人たち、追われてる」 リノアの声が静かに漏れた。 確信に満ちたその言葉は霧の中に沈みながらも、エレナに届くように響いた。 歩みには一片の迷いもない。 霧の奥に逃げた二人を、まっすぐに捉えている。 剣を携えたその影たちが放つのは、人のものとは思えぬ、鋭利で冷たい気配。 定まった目的を背負いながら、霧の地を踏みしめている。 危機はもう目の前だ。 胸の鼓動が抗うように高鳴った。音よりも速く、心を震わせる。「逃げて! 早く!」 エレナの叫びに、霧の中の二人が反応した。 子どもの母親が一瞬だけ振り向く。 霧越しにリノアを見た、その瞳がわずかに揺れる。 何かを思い出したように── あるいは、確かめるように── それは忘れようとしても忘れられなかった、あの瞳だった。 まさか…… リノアは、その場に立ち尽くした。 胸の奥が焼けるように疼きながらも、足は動かず、言葉は喉の奥で凍りついたまま。 息をするのも忘れるほど──そのまなざしの余韻が、リノアの思考を支配している。 霧の向こうで揺れて消えていく影を、リノアは見つめることしかできなかった。 古い記憶の扉が静かに開いてゆく……。「リノア、行くよ!」 エレナが叫び、矢筒に手をかけて駆け出す。 その声に背中を押されるよ

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